3度目の母の命日は、真夏のような高い空。

 

「あたたかい料理を供えることが供養になる」という言葉を思い出しながら、簡単なものをいくつか。
苦手な料理をゆっくりとでもする、この時間も命日のひとつの過ごし方なのかもしれません。

とにかくお墓参りに行かねばーと焦っていた昨年までより、命日を穏やかに捉えられるようになりました。

 

この間ふと、母はもう、生まれ変わっているような気がしました。
だとしたら、わたしのようなあまのじゃくで愛情表現ベタではなく、まっすぐに愛情を注ぐ家族の腕に抱かれていてほしいなと思います。

 

ね、お母さん。



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