IMG_20160416_173633_2

 

 

晩年の母は、何をするのも億劫になり、
ひとつ、またひとつと動くことを諦めていった。

 

今振り返ると、肝硬変の症状が出てだるくて仕方なかったのだろう。

 

そんな母が長い休みにふらりと帰ってくるわたしに、最後までしてくれたこと。

それは、卵焼きを焼くこと。

 

すでに、朝晩の料理はもちろん、朝も父にしつこく起こされなければ起き上がれないような状態だった。

昼間も茶の間で横になりっぱなし。

 

それでも、ふと思いついたように言う。

「恵美、卵焼き食べっか?」

 

すると父は、苦笑いしながら、

「恵美にだけは、作ってやんのな」と。

 

少し前までは、気分で「いらない」と言うこともあったが、
この頃には、それが特別で期限があると感づいていたから、決まって「お願い」と返事をした。

 

卵焼きはだんだんと、生焼けになって、
目玉焼きすら固焼きが好きなわたしの口には合わない。

 

ある日には、ガスをつけっぱなしにしているのを発見してしまい、
母に卵焼きを作ってもらうのが、怖くなった。

 

そんなわたしの気持ちに気づいてか、
それからしばらくして母は、「卵焼き作ってよ」と言っても作ってくれなくなった。

 

 

時が経ち、父は亡くなり、母は介護施設に入居した。

なるべく、家に戻そうと、東京と実家を必死で行ったり来たりしたが、
母にとって、それは十分ではなかったのだろう。

 

母は、体だけでなく、心も諦めてしまったようだった。

 

表情を無くした母に途方に暮れながら、ふと思ったことがある。

 

 

お母さんのおにぎりが食べたい。

 

 

母の握るおにぎりは、まあるい。

小さな手で大きく握ろうとするものだから、レモンケーキのような不思議な丸になる。

 

気力をなくした母に言い出すことができず、真似してみようとした。

けれど、若い頃三角おにぎりに憧れ、訓練された手は、どうしてもごはんを三角に握ってしまう。

 

母のようなまあるいおにぎりは、できなかった。

 

 

今なら、母がよくお昼に食べていた「味噌焼け飯」の美味しさもわかるのに。

おにぎりにお手製の「ちそみそ(しそ味噌)」をたっぷり塗って、両面にしそを貼りつけフライパンで焼く。

 

大人の味がわかるのに、もうちょっと時間が必要だったよ、お母さん。

 

 

拒否されるのがこわくて、言い出せなかったあの頃のわたしを思う。

いびつな卵焼きとまあるいおにぎりの記憶と共に。

 

 

 



コメント一覧

つ〜 2016年5月12日 11:08 AM / 返信

にゃみだぁーー
(/・ω・(-ω-*)ダキッ


    emi-w 2016年5月12日 1:04 PM / 返信

    うううー(ノ_<。)

    でも、もう大丈夫(^-^)/


のぞみん 2016年5月13日 2:48 AM / 返信

足りなくなんてなかったよ

頑張った自分を
自分が
認めてあげて

卵焼きに入ってる愛
もらってたのね


    emi-w 2016年6月29日 12:14 AM / 返信

    のぞみん

    はい^^
    今はやっと否定はしなくなりました。

    親の愛を振り返ると、心がギュッとなりますね。
    それをひとつひとつ味わい切って、わたしの人生を生きたいと思います。


コメントする

サイト内検索

カテゴリー