DSC_0073

さて、前回の続き。

Monicaさんがオラクルカードをきっているなかで、飛び出したのが左上の「Freedom」というカード。

 

Monicaさん(以下、M)「良いことだからやる、悪いことだからやらないではなく、やりたいと思ったらやっていいんだよ。」

あああ、良し悪しで判断してしまいがちな自分を言い当てられた・・・。自分がやりたいと思ったらやっていい。やりたくなかったら、やらなくていい。

シンプルだけれど、わたしにはできてこなかったこと。

その理由が、真ん中の段、右から2番目のカードの中にはっきりと出ています。

 

「Mother」

 

そう、わたしは、母の気持ちに応えるべく、母の基準で良し悪しを決め、そう行動していました。律儀なわたしは、亡くなって3年以上経っても母に安心していてもらいたくて、少しでも喜んでほしくて、自分の行動に制限をかけまくっている、とMonicaさんが教えてくれました。そのとおり。

 

たとえば、海外旅行。

11年前、はじめての海外旅行は、事前に言うと母が心配し、反対するのがわかっていたので、旅行先のロンドンに着いてから、実家に連絡を入れました(何かあるかもしれないから、「連絡しない」という選択肢はなかった)。案の定、母は心配しまくり、帰国後にこう言いました。

 

「お母さん、心配で眠れなかったから、もう海外には行かないで。」

 

うすうすお気づきかと思いますが、わたしはこの言葉に応えて、それ以降、一度も海外に行っていません。

実家に戻ってそばにいてほしい、という両親の最大の願いには、自分のわがままで応えてあげられない。だったら、せめてそれ以外の願いにはできるだけ沿って生きよう。口では反発しながらも、なんだかんだと言いつけを守る自分がそこにはいました。

 

M「それは、お母さんが、形のないものにお金を使うことを自分自身に許せなかっただけだったんだよ。えみさんが行きたければ、海外に行っていいんだよー」

 

さらに、実家のこと。

生前母は、「この家は絶対に手放してはいけない」と何度も言っていました。言われるたびに「それは決める時がきたら、わたしが決める」と流していましたが、いざ、わたしが決めていい時が来たというのに、家はおろか、中に置いてある両親のものにすら手をつけることができず、どうにかしようと、少しだけ片付けたら、心身ともにダメージが大きく、「整理しなければ」という気持ちばかりが大きくなっていきました。

やらなきゃと思ってもできない。時が経つにつれ、開かずの扉みたいな場所が増えてきて、ますます手を付けられる気がしない。それもやっぱり、母の言葉がひっかかっていたのかもしれません。

 

M「お母さんが今、どう思っていたとしても、もうこの世には存在しない。やらなきゃ、と無理してやることはないし、やりたくなったらやればいい。」

 

そんな話をしていくうちに、わたしは、一生抱えて、心にきつく蓋をして生きていくと決めていた、ある出来事をMonicaさんに話していました。

 

母が入院をして、少しずつ弱っていく中、母はわたしがご飯を口に運ぶと、いつもより食べてくれていました。その日も母に早く良くなってほしくて、「もういい」という母に、「もう少しだけ」と言い聞かせ、母の口に食べ物を運び続けました。途中から、何も言わずに飲み込んでいた母は、突然、すべてを吐き出しました。自分の意志でではなく、体が拒否した。その証拠に、母に表情はありませんでした。

 

それ以降、母はほとんどご飯を食べなくなり、日に日に小さくなっていきました。

 

わたしは、この出来事で、「わたしが母の死期を早めた」なんなら、「わたしが母を殺した」と自分を責め、その十字架を一生背負って生きていく覚悟を決めました。母が亡くなり、時が過ぎると、きつく締めたはずの蓋がゆるまり、その時の光景が脳裏に浮かんで、吐きそうになったり、気が狂いそうになったり。それでも、それは当然の報いと思っていたわけです。

 

口にすること自体が苦しすぎて、誰にもまともに話せずいたことを、なぜあの時、Monicaさんに話そうと思ったのか、今でも不思議です。でも、これこそが鍵だったのだと、今ではわかります。

 

 

M「お母さんの体はもう生命を維持するために物を食べられる状態じゃなかった。でも、よくなってほしいと願うえみさんの気持ちに、お母さん、応えたかったんだね。ふたりとも、相手を想っていただけ。誰も悪くないよ。」

 

 

Monicaさんのこの言葉に、今までひとりで抱えてきた大きく重い罪悪感がすべて溶けていきました。いやー、号泣したなぁ。

 

お互いがお互いを想っていただけ。それぞれ愛情表現が違うからわかりづらかったけれど、ただお互いを愛していただけ。Monicaさんのおかげで、わたしと母はやっと、かけ違えたボタンを、きちんとかけることができました。

 

まさに、オラクルカードの現在の位置(真ん中と下の段のそれぞれ右2番目)にある「閉ざしていた扉から出て、自分の道を歩むとき」「大丈夫だよ、信じて。どうにもならないと思っていたことも解決するよ」をその場で体験したのでした。

 

 

 

両親の、特に同性である母の影響というのは絶大で、同性だからこそ、母からの要求も細かく幅広いものになってしまいがちだったんだろうな、と、今では思います。母のせいで動けない、と母を悪者にして生きていくことは、できればしたくないけれど、そうしないと進めないかな、とまで思ってきたので、今こんなに安らかな気持ちで母とのことを振り返っていられることは、まさに奇跡です。

わたしにとっては、この時が、受け入れられるタイミングだったのだろうなぁ。人生はうまくできている。

 

この時を境に、今まで滞っていたことが一気に動きはじめます。
その中で、ある思いが芽生えていました。

 

わたしも、オラクルカードリーディングができるようになりたい。今のわたしなら、できる気がする。

 

次回は、オラクルカードリーダーへの思いを書きたいと思います。

 

このときのリーディングの様子を、Monicaさんがブログに書いてくださいました。よかったらそちらも。



コメント一覧

12月、変容の時。運命のオラクルカードリーディング(1) | 織りなす日々 2016年1月25日 10:19 PM / 返信

[…] やっとオラクルカードリーディングに入った! けれど長くなってしまったので、本編は、次回。 […]


コメントする

サイト内検索

カテゴリー