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「ゆるすことのできない、自分を責める。」

そんな不器用な人がかつての私以外にもいるのかな。

 

尊い人の教えも、自己成長本も、
どんなに自分が傷ついても、抑えきれない怒りを抱えても、「ゆるせ」という。

 

「『ゆるせない』という思いは、執着を生み、より強く頑なになっていく。
だから、ね、手放してしまったほうが、楽だよ。」

そう語りかける。

 

そうか、じゃあと、「ゆるそう、ゆるそう」「手放そう」としてみると、なんと、そこから目が離せなくなり、かえって「ゆるせない」思いが増大していってしまう・・・

どんなに傷ついても、怒りを持て余しても「自分が悪かったのでは?」と問いかけ続けている人は、特に。

 

そしてたどり着く。

「ゆるすことすらできない、私が悪い」

そうしてまた自分を責め、心を痛め続ける。

 

 

うーん、大変だったね、かつての私。
白か黒かでしか動けなかった。

 

そんな私は、あるとき魔法の言葉を手に入れました。
その言葉のおかげで、ずいぶん生きていきやすくなった。

 

それが、この言葉。

 

「ゆるそう、いつか」

 

今は無理だけど、私はゆるそうとしている。
「今」は、それだけで十分。

いつか、わたしはあなたをゆるします。
その決意を「するだけ」で十分。

 

不思議と気持ちが楽になり、そのうち勝手に自分の手から放れていってくれます。
今は直接向き合えないことは、箱に入れてなるべく遠くに置いておく。
向き合えるようになったら取り出せばいいし、無理して向き合わなくてもよいことはそのうち忘れていく。
段ボールに詰めクローゼットの奥に閉まった、いつぞやのプレゼントのように。

 

かつての私くらい不器用さんで、自分を責めがちな人へ、そして、性懲りもなく陥ってしまうかもしれない、いつかの私へ。

最近は、ゆるすとかゆるさないとかに到達することもなく、最大の敵「恥ずかしさ」すら、3日放置してみる、というアレンジ技でしのげるようになっております、が。

 



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